ごあいさつ

三浦一郎 三浦一郎

本会代表、
立命館大学経営学部教授

偉大な思想の灯火を消さない

ドラッカーをアカデミックに評価するのは至難である。だからこそ、研究し続けなければならない。かつて西田幾太郎、田辺元といった大物哲学者に並び、和辻哲郎という異色の倫理学者がいた。和辻は『風土』や『古寺巡礼』などの随想風の作風で知られる。彼は学者というよりも、物書きだった。物事の本質を直観し、かつアナロジカルにとらえる異能の持ち主だった。確かに和辻はアカデミアの人間ではなかったかもしれない。だが、彼の高度の直観と認識作法は明らかに偉大なる研究者のそれだった。それをきちんと評価し、研究し続けることが大切である。

ドラッカーもまた日本風に言えば、「見立て」の天才だった。見立てとは論理よりも直観の作業である。見立ては古寺の庭園や古典芸能、和歌や俳句に多用される日本の風土に根ざす能力である。だが、そのようなあまりに巨大なパターン認識は読み物としてはおもしろくとも、「学問ではない」というのがこれまでの評価だった。それは彼自身が反アカデミックな知的作法を特徴としていたためである。本来、反アカデミックのドラッカーをアカデミックに評価する——。実は今後の学会活動の決め手はここにあるのではないかと思っている。大事なのは偉大な思想の灯火を消さないことである。

上田惇生 上田惇生

本会学術顧問、
ものつくり大学名誉教授

文明と未来を創造するために

ドラッカーの主張のフレームワークは絵解きを必要とする。解釈を必要とする。その点を明らかにしていくことが、今後の世界の構築に大きく寄与する。本学会はドラッカーのフレームを探求しつつ、未来を創造しようとするものである。

マネジメントは未完の可能性を秘めた知識である。彼の観察によれば、社会において、生産力とイズムが一緒になると必ず悪い方向に行く。いかに善良な動機に貫かれようとも、イズムには人間社会を救済する力はない。現実に、社会主義、全体主義、そして資本主義さえもすべてうまくいかなかった。それは現実そのものを現実的に説明する力が、イデオロギーという合理主義の産物には絶望的に欠落していたからだ。

ドラッカーがマネジメントというイズムにもイデオロギーにもよることのないきわめて現実的な社会上の特質に着目したのは、当然といえば当然だった。マネジメントとは文明を創造する手段であって、機能である。手段の卓越はその成果によって測られる。その原点を明らかにするには、深いレベルで企まれた彼の思考フレームを究明する必要がある。そこに本学会の使命がある。