ドラッカーとはAbout Drucker
各界からの声
日本は夫にとって特別な国だった
1960年の日本訪問に際し、夫はどこにでもいる鑑賞者から、熱心な収集家に変わっていった。私が関わることになったのは、1961年に彼と行動をともにしてからだった。爾来、夫婦ともに日本の掛け物を熱心に継続的に購入し続けている。
わけても夫にとって、日本画の鑑賞とは単に異文化体験にとどまらず、人生において必要欠くべからざるものとなっていた。「正気を取り戻し、世界への視野を正すために、日本画を見る」と言っていた。
私たち西洋の者にとって幸いなことに、日本人の特質とは知覚にあり、知覚は見ることを基本とする感官の働きである。私たちも目を見開くことを学ぶことによって、知覚が開発されたり、日本画をいかに鑑賞すべきかを知るという実に大きな見返りを得ることができた。
明日の現実のかすかな兆しを察知しうる鋭い感性
ドラッカーの未来予測は、今日の現実の中に表れている明日の現実のかすかな兆しを察知しうる鋭い感性と、兆しが顕在化していく必然性、度合いとテンポ、それらが組織に及ぼすはずの影響…などを推理する高度な知性、学識、教養…から導きだされる。彼が空前絶後の経営コンサルタントといわれる所以だ。
野田一夫
多摩大学名誉学長
マネジメントは新たな教養である
ドラッカーという人と思想を見ていくときに、哲学・歴史・文学からのとらえ方も有効であろう。それともう一つ、マネジメントとはリベラル・アーツなのだということを提唱したのが、ドラッカーの見逃しえない功績と思う。豊かな現実を経験しながら、同時にその現実の背後にある本質を直観する。それを言語化するときの基礎が教養、リベラル・アーツである。生き生きとした現実、プロセスのなかで本質を直観することは、科学のみになしうることではない。人間の生き方に深く関わる洞察であるがために、科学よりはむしろリベラル・アーツである。すなわち、アートとなる。マネジメントを教養とするのはまさにそのためである。
野中郁次郎
本会学術顧問/一橋大学名誉教授
ドラッカー先生の一言一言の重みを
ドラッカー先生の一言一言の重みを、今でも、折に触れ感じています。例えば「理論ばかりではいけない。経験も大事にしなくてはいけない」とか「顧客と市場を知っているのは、ただ一人顧客のみ」といった言葉は、普遍的なビジネスの本質を切り取って見せてくれます。「人はコストではなく資源」「事業の目的は顧客の創造」「問題ではなく機会中心」「イノベーションの欠如こそ組織がだめになる証拠」などの言葉は、日頃マネジメントが陥りやすい現実に対する戒めとなっています。
また、ドラッカー先生は、東洋美術に並々ならぬ関心をお持ちでした。特に室町時代の墨絵がお好きでした。室町時代は、武家社会の勃興から動乱の戦国時代に向かう端境の時代として、日本の歴史における一つの大きな転換期として位置づけられていますが、そのあたりも関心の背景にあったのかもしれません。
京都の人は今なお「あの応仁の乱以来…」という言葉を好んで使われるということも聞きますが、舞台が京都というだけでなく、それほど歴史を変えた一大事件だったのだと思います。
時代はまさに激動しています。このような時代には、ますます経験と歴史観が重要になってきています。ドラッカー先生の教えが、今なお評価され続けているのもわかるような気がいたします。
伊藤雅俊
セブン&アイ・ホールディングス名誉会長
本質的な問題に問いを投げかけ、答えてくれる存在
なぜドラッカーか。根本の問題を意識させてくれるからです。何のためにわれわれの会社があるのか。なぜ自分は経営しているのか。会社はなぜ事業を行わなければならないのか。社員は会社組織でどのような仕事をなすべきか、社会における個人とは何か。そういった誰もが前提として疑わないこと、本質的な問題に問いを投げかけ、答えてくれている。ドラッカーの書いたものを読むと、自分がぼんやり考えていたことはこういうことだったのではと得心がいくのです。
柳井 正
ファースト・リテイリング会長
ありものの「常識」への健全な疑義
彼は世の定見や既存の政治的公正を唯々諾々と受け入れることをしなかった。そのような姿勢が、ひとかけらの良心、良識を持つ人から一貫して受け入れられた理由と思います。
もう一つ、社会通念としての常識にも疑問の目を持ち続けました。世界には古今東西で通用するコモンセンスがある。そのような大きな叡智の集積とは別に、局部的で散発的にしか通用しない通念というものもあります。それらにも直接間接に疑義を呈したと思います。今なお著作に触れる特に若い人たちには、そのようなありものの「常識」への健全な疑義を忘れるなとするのが変わらぬメッセージと思います。一見わかりやすいものほど慎重でなければならない。ともにこれからも私が生きていくうえで、心にとめたい知的な姿勢であったと思います。
小林陽太郎
富士ゼロックス元取締役会長
企業が社会の公器だという考え方
私どもは昭和の初め「企業は社会の公器である」という理念を経営の基本とし、それを「産業魂」と呼びました。これはドラッカーの主張と一致するものですが、現在の弊社のグループ経営理念に引き継がれている大切な考え方です。
ドラッカーの主張の多くは本質を捉えた普遍的なものであり、これから企業をとりまく環境が変化しようとも、多くの示唆を与え続けてくれるものだと思います。
茂木友三郎
キッコーマン名誉会長